チベット医学の概要
チベット医学の概要
チベット医学は、チベットのラマ僧らによって伝えられる伝統医学。チベット人だけではなく、世界の全ての人々に有益になるようにと願って完成されたものである、とダライ・ラマ法王が伝えています。 土台となるのはインドのアーユルヴェーダ(日本では「仏教医学」と呼ばれるもの)で、1940年代にスタートした中華人民共和国の現代中医学と比べると、内容も古い時代のまま存在するように見えます。中国では「蔵医学」とも呼ばれています。 尿の匂いや色、味までを用いて診断する方法があり、これは「尿診」とも呼ばれ、チベット医学の特徴の一つです。 また、治療法の主となるのは薬物療法ですが、中国と異なり、チベットでは高山植物が用いられ、自生する植物に乏しいため、鉱物もよく薬として用いられています。 日本漢方や中医学と比べると、日本ではなじみが薄いようですが、現在もチベット大学やダラムサラの研究所で盛んな研究がなされています。 お湯を使って消化不良を治す等の治療が行われていたり、トンコン医学文献の記述によれば「のどにデキモノができた患者には、牛の角、バーラルの角、馬の蹄等を調剤する」とあったり(古代のチベット人が動物や植物に薬としての価値を認めていた有効な裏づけがある)、「外傷には、土壌、バター、酒かす等を湿布して 治療する。」との記述や、また、焼けて熱くなった石や砂を患部に当てると、痛みを取る効果があることを発見し、熱湿布療法と火灸療法を生み出したりと、チベット医学は、チベット高原に住む民族の医療実践を基にして生み出されたといってもよいでしょう。
チベット医学の歴史
チベット医学は、一説によれば2500年、一般的に3000年の歴史があると言われています。チベットの歴史学者や専門家たちは、チベット医学がチベット土着の宗教であるボン教と関係があることを根拠に3000年説を打ち出しています。
ボン教は仏教がチベットに栄える前にあった原始宗教で、その頃からチベット医学があったと言われています。チベットに医学そのものが始まった経緯は、消化不良を白湯で治療する方法からと言われています。チベット医学の諺に「病気の最初は消化不良、薬の最初は白湯」というように、3000年も前からチベットに医学が根付いたことがわかります。
チベット医学は、動物の知恵を人間にも応用し、医学を発達させてきたと言われています。例えば、動物が病気になった時に、その近くにあった草を食べて病気を治しているのを見てとか、鳥が産んだひびの入った卵に、ある薬草を口の中で噛み砕き、卵に塗りひびを治しているのを見てとかといったことからです。このように動物の知恵から学んだ薬草は25種類あります。そしてチベットの医学は発展し、いよいよ人類の歴史に具体的にチベット医学として現れてきます。
紀元前2世紀、チベットの初代の王ニャティ・ツェンポがラサの南にあるロサ地方に行った時のことです。12人の人々に出会い、彼らにニャティ・ツェンポ王が6つの質問をしました。質問は仏教的なものがほとんどなのですが、その中で「毒には何があるか」という質問に、その12人の中で最も頭の優れた青年が、「毒には薬がある」と答えた逸話が残されています。この逸話から考えても、ニャティ・ツェンポ王に遡る紀元前の時代からチベットに医学が根付いていたことがわかります。
紀元後3世紀に28代目になるラトトリ・ニェンツェン王は、インドから二人の偉大な医者ガジビジとビカラツェをチベットに招きました。2人を宮殿に招いて経験と医療技術をチベット医学の中に吸収しました。ふたりはチベットに残り、チベット医学に貢献しました。この二人の名医にラトトリ・ニェンツェン王はお妃をあげたほどです。名医のひとりビカラツェにトンキトルチョクという息子が生まれ、後に彼がチベット医学の基盤を築きました。トンキトルチョクは、父ビカラツェよりチベット医学を習い、後にラトトリ・ニェンツェン王の侍医にまでなりました。このように、チベット医学は異民族の医学を元に始まったと言われています。
4世紀、ある王子が目の手術をして治ったことが文献に書かれていることから、この時代からチベットでは眼病の治療がなされていたことがわかります。
7世紀、偉大なるソンツェン・ガムポ王の時代に、チベット文化は様々の分野においてさらなる発展を遂げ、チベット医学も近隣諸国から様々な医学の知識の導入がなされました。
8世紀、国際的な視野を持つメーアクツォム王の治世に、ネパール、中国、インドなどの周辺国から医学者を招き、サムエ寺院において国際的なチベット医学の会議なるものが開催されました。これらの医学者たちは、3年ほどチベットに滞在し、多くの議論や意見交換などを重ね、チベット医学の基盤となるものを発展させていったのです。
また同時代にチベット医学上の偉大な人物ユトク・ニンマ・ヨテンゴンポがいます。薬師如来の再来と呼ばれるほど125歳の生涯をチベット医学の発展に費やし貢献した医者で、チベットのコンポ地方にチベット医学の学校を設立しました。約三百人ほどの学生が十五年、二十年という当時チベット医学履修に定められた期間をユトク・ニンマ・ヨテンゴンポの学校で学んでいたと言われています。卒業生たちはチベットの各地でさらにチベット医学を発展普及させました。さらにユトク・ニンマ・ヨテンゴンポは、インドに3回、ネパールに2回、中国に2回、及びチベットの各地域を訪問して調査を行い、人の性質、人のあり方、体のなりたち、そういったものを熱心に研究し、チベット医学の根本経典で現在もチベット医学を学ぶ上で不可欠となっている「四部医典(ギュ・シ)」を編纂しました。
1026年、ユトク・ニンマ・ヨテンゴンポの十三代目の子孫が生まれました。1代目は「古いユトク」、13代目は「新しいユトク」と俗に呼ばれています。「新しいユトク」は、「古いユトク」が作った「四部医典(ギュ・シ)」の内容をさらに充実させ完成させました。
14世紀になるとチベット医学に二大流派が生まれました。北方のジャンマ派と南方のスル派です。チベットの土地は広く、気候、風土、人の性質も北と南によってそれぞれ違うからです。この二大流派から「四部医典(ギュ・シ)」の解説書が多く著作され、それぞれ発展していきました。
17世紀、ダライ・ラマ法王五世の時代になると、チベット医学はさらに大きく発展を遂げることになります。非常に有名な仏教学者で医学と占星術の学者でもあった摂政のディシ・サンギェ・ギャツォは、「四部医典(ギュ・シ)」の解説書や具体的な治療法について書き、有名な著書「青いチョロリ」を著しました。
チベット医学における人間の体の成り立ち
チベット医学の習いでは、人間の体が成り立つ時、五大元素(地、水、火、風、空)を元にルン、ティーパ、ペーケンの三つの体質が表れます。 ルンは五大元素の風から、ティーパは火から、ペーケンは地と水から生まれ、これらの元素と関係しています。チベット医学ではこのようにすべて、ルン、ティーパ、ペーケンを中心に体の成り立ちを考えます。 人体は三つの要素(ルン、チーパ、ペーケン)と七つの構造要素(人体を構成する基本物質:栄養素、血液、筋肉、脂肪、骨、骨髄、精液)と三つの排泄物(大便、尿、汗)からなり、各々が均等を保ち、固有の場所に存在し、主要な道を移動し、お互いのバランスを保持していると考えます。このバランスの取れた条件下では各自機能は正常に発揮し健康で病気のない人体です。これらの人体を構成す要素も五元素の影響を受けています。 「ルン」「チーパ」「ペーケン」の三要素は、人体を構成する上で必要な生命活動の物質及び基礎エネルギーをつくります。その中でも「ルン」は全身機能活動の主要な動力であり、風の性質を備えます。「チーパ」は生命エネルギーの主要な要素であり、火の性質を備えます。「ペーケン」は体液保持と密接な関係にあり、水、土の性質を備えます。正常な生理条件下では、三要素体内で互いに強調しバランスを保持しています。しかし、いったん三要素の一つ、もしくはいくつかの要素が様々な原因によって強すぎたり、弱すぎたりすると、たちまち「ルンの病態」「チーパの病態」「ペーケの病態」が出現し、三要素は病理性の物質に変化します。治療をする上で三要素の調節が重要であり、本来の調和のとれた状態に戻すことで健康な状態に戻ります。 七つの体質のなかで最良とされるものがルン、ティーパ、ペーケンの三つが混合した体質です。
チベット医学の治療法(薬方)
チベット医学タンカ(医学掛け図のこと。全部で80図あり4,900ほどの内容[小図]で構成)では、チベットの四大治療法、食生活、生活習慣、外的治療、薬方の四つが大きな幹で描かれていますが、その中でも特徴のある「薬方」についてご紹介します。 薬の処方にはルン、ティーパ、ペーケンそれぞれの体質の人に合った処方があり、チベットの薬には、丸薬、粉薬、液薬、薬用バター、薬用酒などがあります。 薬の成分には、伝統的には大きく分けると、薬草、鉱物、動物性の生薬の三つに分類されます。仏教がチベットに浸透するにつれ、動物性の生薬の使用頻度はかなり少なくなってきていて、現在チベット医学で使われる薬の成分の98%は薬草類で、そのほとんどがチベットで採取した高山植物です。その他インドやネパールの薬草も使用します。鉱物は一%から二%で稀少です。 チベット医学では、特定の病気を除いて、単独で薬草を使用することはほとんどありません。患者の三大体液の体質や体力を考慮して処方します。薬草を単独に長く使用した場合、ティーパやペーケンに転換して副作用が生じる可能性が高いです。普通は少なくて三種類、多くて一四〇種類の植物から調合します。薬の大きさにもいろいろあります。一回の服用が一錠か数錠かなどまちまちです。